世界チャンピオンのボビー・フィッシャーさんを救う会


3月24日、フィッシャー氏は仮放免され、無事に日本を出国することができました。アメリカの身柄引き渡し要求は今後も続くため、まだ予断を許さない状況ですが、今回市民権を得ることができたアイスランドで静かな日常を取り戻すことを願っています。
これまで協力して下さった方や応援して下さった方、本当にありがとうございました。


7月13日、ボビ-・フィッシャー氏(61)は成田空港で出国の際に、無効なパスポートをもって入国したとして、入管法違反で上陸許可を取り消され拘束されました。

1992年ユーゴスラビアの経済制裁下でチェスのマッチをスパスキイとしたことで起訴状と逮捕状がだされ、2003年これを根拠にパスポートが無効とされる通告文がフィリピンにあるアメリカ大使館宛てにフィッシャー氏の住所もなく、送付されました。
当時、フィシャー氏はフィリピンに滞在していなかったため、通告文を受け取ってません。

また、何も知らなかったフィッシャー氏には通告文の受領後60日以内にできる不服申し立てができませんでした。本人が知らないままにパスポートを無効にすることは、アメリカの法律に違反しています。

フィッシャー氏の対戦相手、元世界チャンピオン・スパスキイ氏(フランス)、審判員のGMシュミット氏(ドイツ)、その他関係者は誰一人非難もされず、罰も受けていません。

文化の保護・振興という国家の持つ重大な役割を考えるとき、
チェス文化の最大の貢献者フィッシャー氏がこのままアメリカの刑務所に送られるのを黙って見ていられません。


世界中から、フィッシャー氏のファンたちから自分たちに何が出来るかと問い合わせが日本チェス協会に毎日殺到しております。
アイスランドの『Free Bobby Fischer』のホームページでは嘆願書の署名が世界中から寄せられています。

この現場にいる私たち日本人も、この偉大な天才チェス棋士・フィッシャー氏の命を救うため
フィッシャーさんを救う会を結成し、アメリカに身柄引き渡しされないよう頑張っています。

2004年
7月29日
日本外国特派員協会で第1回記者会見をしました。

8月6日
弁護士会館で第2回記者会見をしました。
上陸許可処分取消等請求事件として訴訟しました。
執行停止申立書を提出しました。
元世界チャンピオン・スパスキイ氏からブッシュ大統領宛ての手紙がJCAに届き、アメリカ大使館にもって行きました。スパスキイ氏は「もしフィッシャー氏と同じ罪を犯した事になるなら私を捕まえてフィッシャー氏と同じ刑務所の部屋に入れて下さい。そのときはチェスセットを差し入れて下さい。」と書きました。(1992年フランスのミッテラン大統領はスパスキイを罰しませんでした。)


8月16日
日本外国特派員協会で第3回記者会見をしました。

8月24日
難民認定を不認定とする通知と法務大臣による退去強制令書が出されたため、弁護士が異議申し立ての訴訟を起こしました。


9月6日
フィッシャー氏はパスポートの無効措置決定に対する審査請求をしました。

9月8日
東京地方裁判所は退去強制令書発布処分取消し請求の判決まで

フィッシャー氏の送還執行停止の決定を出しました。

9月9日
毎日新聞・朝刊に『日本政府は公平な対応を』のタイトルで記事が掲載されました。

9月11日

将棋棋士の羽生善治氏が小泉首相あてに嘆願メールを出しました。
朝日新聞・夕刊に羽生さん『チェス王に日本国籍を』のタイトルで記事が掲載されました。

10月6日
フィッシャー氏は茨城県の東日本入国管理局に拘留されてます。
仮放免許可申請書を提出しましたが3回却下され、4回目を申請中です。
小泉首相、法務大臣宛に嘆願の手紙やメールを送ってフィッシャー氏を救ってください。

10月9日
文藝春秋11月号に羽生善治氏による『伝説のチェス王者フィッシャーを救え』
の記事が掲載されました。

10月18日
日本外国特派員協会で第4回記者会見をしました。

牛久でフィッシャー氏不在のまま、アメリカ大使館のMr. McKeonによりパスポート無効のヒアリングが行われたことに
フィッシャー氏のアメリカ人
弁護士Mr. Vattuoneが抗議する会見が行われました。

12月15日
アイスランド政府がフィッシャーさんの受け入れを表明しました。


12月17日
日本外国特派員協会で第5回記者会見をしました。


12月20日
アメリカ政府がアイスランド政府にフィッシャーさんの受け入れを取り消すよう圧力をかけてきました。

12月21日
アイスランド政府はアメリカ政府の圧力に対し、フィッシャーさんの受け入れを続けると断りました。

12月24日
日本の法務省はフィッシャーさんの出国についての回答を来年に持ち越すと鈴木雅子弁護士に伝えました。


2004年12月25日発行・東京新聞「本音のコラム」より
【以前、本欄で紹介したチェスの伝説的世界チャンピオン、ボビ-・フィッシャ-氏が日本の入国管理局に5ヶ月以上、収監されている問題で大きな動きがあった。
アイスランド政府がフィッシャ-氏の受け入れを表明したのである。12月15日付で同政府は、同氏の入国を認め、居住許可を与えることを発表。旅券を保持してなくともアイスランドに入国できること、入国後希望があれば、外国人用の旅券を発給することも確約した。
フィッシャー氏は経済制裁下にあった旧ユーゴスラビアで、米政府の禁止を無視してチェスの大会に参加した罪で、米政府から告発されている。その後、5年以上もの間、東欧や日本に潜伏を続け、この7月に無効の旅券で入国した罪で成田空港で捕まり、そのまま収監されている。
しかし、同氏は偽造のパスポートを使用したわけではない。普通に使用していた旅券が米政府によって本人に知らされないまま、無効にされていたのだ。そして、強制送還を望む米政府とそれに追従する日本政府、それを何とか拒もうとする同氏の弁護団の間で激しい綱引きがあり、こう着状態に陥っていた。
日本で罪を犯したわけでもないフィッシャー氏を閉じ込めるわが国と、無条件で受け入れるアイスランドとの違いは何なのだろう。この国が情けなくなる。 大崎善生】

2005年
1月5日
弁護士が法務省の審判課訴訟係長・川畑氏と会談しました。

法務省の回答です。
「未だ検討中。いつ結果がでるかわからない。検討しているのは、退去強制手続きでは国籍国に送還するのが原則であること。これ以上は言える事がない。」

1月7日
4回目の仮放免不許可通知が弁護士に配達されました。


3月1日
アイスランドからフィッシャー氏の友人とテレビ局スタッフ4人、3日に支援グループの3人が来日しました。

3月5日
外国人記者クラブで記者会見を行いました。
アイスランドの人たちはフィッシャーがソ連との冷戦時代にアメリカにどんなに大きな栄光をもたらしたかを語り、フィッシャー氏の現在置かれた収容生活は人権問題であると訴えました。

3月6日
フィッシャー氏が脱税容疑でアメリカ裁判所の大審判を4月5日に受けることが決定。
アイスランド政府はアイスランド外国人用旅券を発行しましたが、本国の外務大臣と在日アイスランド大使との間でどう渡すが折衝が続いています。


3月7日
夜9時、アイスランド大使から鈴木雅子弁護士にパスポートが渡され、喜びにわきました。

3月8日
外国人記者クラブで記者会見が行われアイスランドのパスポートと航空券を披露しました。
これで出国の条件は全て揃ったと思ったのですが、法務省はアメリカ政府の意向をうけ政治判断でフィッシャーの出国を認めませんでしたアメリカ政府が日本政府にフィッシャーをアメリカに送還要請をしているからです。鈴木雅子弁護士は「これは法律違反で絶対に許されることでない」と叫びました。

3月9日
フィッシャー氏の62歳の誕生日。誕生日をアイスランドで祝う夢がもろくも散りました。
この日、1972年世界選手権マッチの時、フィッシャー氏のボディガードを勤めた元警察官サミーがフィッシャー氏に会いに行きました。花束を渡そうと受付に差し入れを願い出たところ拒否されてしまいました。
サミーは面会室でガラス越しに誕生日おめでとうの歌を歌いました。 
 
3月13日
フィッシャ-氏はちょうど8ヶ月間牛久収容所に収容され精神的にも肉体的にもボロボロになっています。体重が10キロ位減って体が一回り小さくなりました。
チェスに貢献した天才フィッシャーをこんな悲惨な姿にしたのは私達日本人です。

3月15日
フィッシャー氏は3月10日にアイスランドへの自費出国を申請をしましたが、本日不許可を告げられました。参議院で開催された外交防衛委員会で、民主党の榛葉(しんば)賀津也議員が質問に立ち、法務省入国管理局長・三浦正晴氏にフィッシャー氏について質問しました。
三浦氏は「アイスランドが受け入れを認めているがフィッシャ-氏は国籍・市民権のあるアメリカへ送還する。」と答弁しました。榛葉議員は「別件の脱税でフィッシャー氏を逮捕し、日米の犯罪者引渡し条例により引き渡すまでとめておきたい。これは明らかにおかしい。」と述べて、外務大臣・町村信孝議員に「この件についてアメリカから要請を受けたかどうか」質問しました。町村議員は「私の記憶によりますと、要請をうけた記憶はない」と答弁しました。多くの支援者や国内外のプレスが傍聴に行きました。

3月16日
社民党の福島瑞穂議員が法務省入国管理局局長を訪問しアイスランドの市民権をとれば出国可能かどうか話し合いました。その後、福島議員はアイスランド大使館を訪問しました。

3月24日
朝、フィッシャー氏はアイスランド大使の訪問を受けてやっと収容所から解放されました。正門ゲート前には50人以上のプレスが押し寄せました。成田飛行場には社民党・福島議員が出迎えました。コペンハーゲンからは警官立会いの下にプライベートジェット機にのり込みました。アイスランドでは夜遅かったにもかかわらず、数百人の国民が垂れ幕"Welcome Bobby!!!"や花束や拍手や歓声でフィッシャーを歓迎しました


フィッシャー氏はアメリカ政府によりパスポートを不当に無効とされ、8ヶ月間東日本入国管理局に拘留されていました。皆様の御支援どうもありがとうございました。

石井一二、ジョン・ボスニッチ、渡井美代子、
ニチ・ニコラス、ヨリコ・ニコラス、ジャック・ピノー、荒井春美